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2010年7月 1日 (木)

香辛料の思い出と「彼」のルーツ

前回のブログで、インドの事を書いていて、思い出した事があるんですが・・・。

インド料理と言ったら、香辛料がたくさん使われていますが、私は17年ぐらい前、約2年間古い集合団地で暮らしていました。4階建てのエレベーターの無い、階段の両脇に1軒ずつあるタイプの団地です。
その階段に面した壁に、各家庭の昔ながらの台所の換気扇が付いていました。

1階は2軒とも、たぶん日本人(はっきり憶えていない!)、2階と3階の1軒は、ブラジル人と日系ブラジル人の若い男の子達が何人かで住んでいて、3階のもう1軒と4階の1軒は、中国人夫婦、そして4階のもう1軒に、私が住んでいました。

夕方仕事から帰ってきて階段を昇る時は、ちょうど夕飯の支度時で、むせる程のいろいろな香辛料の香りがする、ちょっと独特の空間でした。

あまりにもいろいろな香辛料の香りが入り混じると、正直、あまり心地よいものではなかったけれど、今となっては、とても懐かしい思い出です。

隣の中国人の奥様から手作りの水餃子を頂いた事があるのですが、とても皮がモチモチして、ジューシーでおいしかったのを、憶えています!


そしてインドと言えば、フレディ・マーキュリーが少年時代を過ごした、ボンベイの「セント・ピーターズ英国寄宿学校」がありました。

ボンベイは1995年インド国有の名前「ムンバイ」に変わりました。
アラビア海に面した、インド随一の国際貿易都市であり、インド全土から長距離列車が発着する、主要駅もありますが、現在でも様々な宗教が混在しているため、宗教問題を発端とする暴動や、時には爆弾テロなどが起こる事もあるそうです。
路上生活者が道に溢れている一方、近代化の掛け声の中、スラムを潰して高層住宅の建設ラッシュ、家賃や物価の高騰など、インドの光と影を抱え込んだ、インドの歴史と発展を凝縮した街だそうです。

そして、フレディの生まれ育ったアフリカのザンジバル島(ストーン・タウン)は、かつてアフリカの奴隷、象牙、香辛料貿易で栄えた場所。
支配層であったヨーロッパとアラブ、双方からの文化の影響を受けた街並みは、現在世界遺産として登録されています。(ちなみにザンジバルの街には、フレディの大好きなネコ達がたくさんウロウロしているそーです。)

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アフリカのザンジバルとインド・・・両方の国で、多感な少年期を過ごした、ファルーク・バルサラ(フレディ・マーキュリー)。

国籍はイギリスだが、ペルシア系インド人のパールシー(ペルシャのゾロアスター教の末えいで、イスラム教への改宗を拒みインドに宗教亡命した、少数派のゾロアスター教の子孫)。1964年大規模な革命運動「ザンジバル革命」に巻き込まれ、ザンジバル島を離れイギリスへ。

様々な宗教、様々な文化にさらされ、時代に翻弄されて成長した、ファルーク・バルサラ。

フレディ・マーキュリーが「希有」なロック・シンガーと言われるルーツは、そういう事が大いに関係しているんじゃないかと思う。

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Freddiemercury91 

Anyway the wind blows... 
(どっちみち 風はふくのさ...)
  (「Bohemian Rhapsody」より)

 

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